葱と鴨。

文化系、ゲーム、映画、ジェンダー。https://twitter.com/cho_tsugai

『ベイマックス』の、すごいところとすごくないところ。

初回からテーマがジェンダーじゃない…。

でも流行ものは、流行っているうちに乗らないと…。

ということでベイマックスです。

 

『ベイマックス』がいろんなところで激賞されて、
逆張りの「そこまでか?」というのも出てきて、
そろそろ一周した感じでしょうか。

 

年始に観てきたのですが個人的な印象としては
「100点のジュブナイル、70点の映画」
という感じ。別にこれで日本の映画界は全滅しないし、優位性のある作品はいくらでもありそうです。

 

ただ「100点のジュブナイルが作られた」ということには、本当に感動したし、驚きました。
『ベイマックス』を観たあとだと、『ヒックとドラゴン』でさえ粗が目立っちゃう。日本のジュブナイル冒険譚って……最近だと何だろう?


まずはすごいところ

1.ヒロがいじめられっこでもなく兄とも育ての親ともいい関係を築き憧れの教授がいてナードたちの研究に素直に反応する、というとてつもなく「いい子」である

コミカライズの話をしてる人もいましたが、そりゃそうなるんですよ。
物語の中では、文化系の天才は体育会系にいじめられるものだし、オタク大学も周囲から馬鹿にされるものだし、主人公は心の傷を負うと近しい人に暴言を吐いたり拒絶したりするものなんです、普通は。
でも、ヒロはそれをしない。この毒の無さの徹底ぶり。そして、別にそれで話が弱くなったり、カタルシスが減ったりはしていない。


映画版とコミカライズ版『ベイマックス』、「世界の悪意」について

 

・主人公チームは、海賊王の息子でも、伝説の戦士の息子でも、事故で特殊能力を得たわけでもない。能力は「勉強」。

日本のサブカルチャーに対するアメリカの反応としてよくあるのが「どうしてみんな親が偉大なんだい?」というやつ。これはつまり「本人の努力<遺伝」だと、夢がないと多くのアメリカ人が思っているから。生まれた親と場所でヒーローになれるかどうかが決まったら、面白くないでしょ? 私が「ロードオブザリング」(アラゴルン)とか、「ライオンキング」が好きになれないのもこれが理由。
ちょっと頭がよすぎるヒロを除けば、みんな基本的には自分が研究したことをベースにヒーローになっている。これ観て「勉強しよう」ってなるのは自然なことだと思う。


・登場人物のキャラクターを「いじる」コミュニケーションが少ない。

ゼロではないけれど「ドジ」「小心」「おちゃらけ」みたいな性格をいじりあうコミュニケーションが少ない。『りはめより100倍恐ろしい』という小説があったけれど、性格いじりこそがコミュニケーションの大きな負担になる可能性に配慮が行き届いてる。キャラを立てづらいから会話劇は難しくなるのだけど、それでもこの薄味を選んだことはポジティブに評価したい。


・科学の全面的肯定

「科学は万能ではない。大事なものを忘れてないか」なんてつまらないことは言わない。
そんなのはもう前提にしたうえで「科学サイコー」と言って見せる。新しい技術が可能にすることと、新しい技術を生もうとする希望を、この時代にまっすぐ祝福する。
これは多分、世界でディズニーこそが担うに相応しい仕事だと思う。
科学を疑ってみるのもいいけれど、今更それを前面に出すことの陳腐さと、科学の進歩の可能性を信じる身振りも魅力的なことを改めて感じた。


・ケアロボットが戦う、という設定

ベイマックスはヒロのケアロボット。
身体的にももちろん、精神的なケアも仕事である彼は最後まで「戦うことであなたは幸せになりますか?」と問う。
幸せになるためなら戦うことも含めてあらゆる選択肢を取るけれど、幸せを目標にしない行動は取らない。
だから、どんなに重武装しても、内側は「ぷにぷにの抱きしめたくなる体」のままなのだ。
すごいアメリカ的だと思うんですよね、このあたりは。決して専守防衛な訳ではない。攻めることもある。でもそれは全て幸せのためでなければならない、っていう。
日本のサブカルチャーに頻出する「奪われたものを取り返す」「敵の攻撃から大切なものを守る」っていう完全受け身な武力行使の正当化じゃなくて、自分から攻めることも視野に入れた武力行使の正当化。この設定は思いついたもの勝ちかなー。


・グローバルすぎる笑いどころ、泣かせどころ

何のひねりもない、ありがちな笑いどころをちょいちょい挟んでくる。そしてやっぱり笑わされてしまう。文化的な文脈に頼らない、映像の中だけで完結して観客を笑わせる技術というのはやっぱり異常に高い。

 

・無駄なヒロイン(ヒロの恋愛パートナー)がいない

トランスフォーマーとかスパイダーマンとかの、「その人必要だったかなぁ?」というヒロインがいない。でもやっぱり物語の弱点になってない。


・映像

これはお金のかけ方に尽きる。雨の光の処理とか髪の毛とか、ディティールがただごとじゃない。

 

すごくないところ

・驚かない

『ベイマックス』を観る前と後で、人生観は変わらない。特に大人は。
新しい価値観の提示はないし、常識の揺さぶりもない。対象年齢が低いから必然ではあるのだけど、『ミリオンダラーベイビー』とかと同格に扱うわけには正直いかないと思う。


・バトルシーン

これは積極的に不満。なんていうか、カメラアングルとか動き方が甘ったるい。それぞれのキャラクターに見せ場は一通り作ってあるんだけど、活躍感が薄いし、シナジーを発揮するようなコンビ技もない。ここは日本のスタジオの方がだいぶ上だと思う。

 

 

これから日本がジュブナイルで『ベイマックス』に並ぶような作品を目指すにしても、より刺激的な作品を目指すにしても、「毒気」「悪意」の扱い方にはより意識的になる必要があるんだろうなーとは痛感した。
「毒気」こそが魅力になることもあるけれど、実際のところどの要素がどのぐらい必要なのか、という質的量的な判断が、アメリカ、というかディズニーはすごいね。


参考リンク


『ベイマックス』を見て日本のクリエイティブは完全に死んだと思った


ベイマックスが最高すぎて恐怖すら覚えた件 - ヨッピーがブチ切れまくるブログ