葱と鴨。

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コミュニケーションのコストって結局下がってるの?

対面から始まって、電話、ファックス、メール、LINE、それにSNSと、「コミュニケーションのコストを下げたい」というのは多分おおくの人の悲願だったんだと思う。

 

気まずい話はもちろん、楽しい話でも直接言うのはやっぱり面倒で、反応も読めないし、まして仕事の事務連絡なんかはいちいち気を使ってコミュニケーションすると効率が悪いから「このコストを下げたい」というのは確かに自然ではあるし、とても多くの人が賛同する話だと思う。

 

対面→電話→メールと、リアルタイムの反応が必要なくなって、表情も声も服装も相手にバレずにコミュニケートできるようになったし、LINEはフォーマットを対話形式にすることで、「一回の送信は短くてもいいんだ」という雰囲気を醸し出した(対話形式自体は、大々的に流行ったのはiphoneのSMSが最初だったのだと思うけれど)。あとは文章の中に使う絵文字じゃなくて、1個で完結したスタンプっていうのも、文章を考えるコストを削減する発明だった。

 

ただ2016年冬時点で考えると、「コミュニケーションをスタートするコスト」がここまで順調に下がってきたことで、別の問題が発生しているような気はしていて、それが「コミュニケーションを維持するコスト」とか「コミュニケーションを打ち切るコスト」、そして「コミュニケーションをいつでもスタートされてしまうコスト」とか、そういうものへの対処が後回しになっていると思うわけです。

 

で、LINEスタンプが劇的に流行ったのは、この維持コストと打ち切りコストを下げたからだと私は思ってて、適当に相槌を打ったり、おやすみなさいと会話を切り上げるときに、文字よりもスタンプの方がやりやすい。「どっちが電話切るか問題」みたいなことも発生しないし。文中に使う顔文字じゃなくて、単体で完結したスタンプ、というのが発明だったんじゃないかなぁという。

 

ただ、それでもコミュニケーションのスタート部分が技術主導で急速にコストが下がってきたのに比べると、「始まってしまったコミュニケーションを終わらせるコスト」は技術だけではどうしようもない部分が大きいから、結果的に割高感がでてきちゃってるんだよね。

 

だから次に流行るのは、そのコミュニケーションの終わらせ方を発明したコミュニケーションツールなのだと思う。FACEBOOKのように投稿方式ではなくて、LINEのようにリアルタイムに見えるものでありながら、終わらせることが簡単なコミュニケーション。浅はかに思いつくところだと、文字を打つ代わりに相手に選択肢を表示して、押すだけにする、とかね。それをものすごい数先に用意しておいて、スタンプみたいに選ぶだけ、みたいな。

 

まー何が言いたいかというと、コミュニケーションのコストがいろんな場面で下がってきてるとは思うんだけど、終わらせ方、切り離され方っていうのがまだ発明されてないから誰か発明して、ということです。

 

それやるとアプリの滞在時間とか減るから、広告表示する機会とかも減って損じゃん、っていうのがネックなんだろうけど、使う側のニーズ的には絶対大きいから結局誰かやると思うし、それならうちがやる、っていうところはあるんじゃないかなーという期待でした。