葱と鴨。

文化系、ゲーム、映画、ジェンダー。

プロゲーマーの不幸エピソードを探す未来はいらない

甲子園の出場校が決まると、地元の新聞記者が何をするか知ってますか?

学校へ行ってこう聞きます。

「最近、親族がなくなった子はいませんか?」

 

これはオリンピックでも同じ。活躍した選手を報道しようとする時、まず選手の過去にあった挫折や不幸を探してこう煽ります。

どん底から這いあがって見事な活躍を見せました、感動」

 

で、eスポーツの話。

いつかeスポーツをスポーツにしたいという業界の悲願が叶ったとして、その結果がプロゲーマーに「最近親族がなくなりましたか?」と聞く未来なんだとしたら、そんな未来はどう思いますかっていうのが今日のテーマです。

 

情熱大陸でときどさんが言ってたように、たしかにeスポーツはまだまだ社会に認められていなくて、野球は社会に認められている。

でも野球が野球道になったように、eスポーツがゲーム道になって、汗と涙と感動を推す文化になるのが理想かって言われると、あんまりそうは思わない。というより個人的にはかなりNOです。

 

怖いのは、あんなにメジャーに見える野球ですらマスに受け入れられるためにはスポーツ自体の話じゃなくて身内の死や共感されやすい不幸エピソードを使うしかないという事実で、オリンピックのマイナー競技選手の報じられ方を考えれば、プロゲーマーが今後どう扱われるかはもう大体想像がつくわけです。

 

「競技の奥深さや選手1人1人のキャラクターを理解するコストを払う気がある視聴者は少数派で、既に自分の中にある価値観やストーリーの適合者を探して感動したい人が多数派だ」

そう考えてるからこそテレビは夏の間ずっと高校生の不幸話をしているのだし、マスに認められるというのは多かれ少なかれそういうことだったりもするんでしょう。

 

もちろん私もeスポーツの価値が社会に認められた方がいいっていうことに異論はまったくなくて、認められた方がいいに決まってるんですよ。でも認められるってどういうことだろうって考え出すとパターンが結構あって、仮に野球やオリンピック競技と同じ枠に入れるとしても、それが本当に魅力的なことかどうかがよくわからない。

 

たぶんこれからテレビや新聞にプロゲーマーが登場するケースが増えて、その時に「周囲には反対されたんですけど、父が『○○はゲームがうまいな』って言ってくれました。その父は先月……」みたいなエピソードを聞き出そうとするんですよ。これはもう賭けてもいいぐらい、そういう話を欲しがるメディアは絶対に出てきます。

 

そういう演出のニーズが存在するのはわかるので出てくること自体は仕方ないけど、そればっかりだと正直しんどい。

ちょっとお気楽に見えてもいいから、できれば楽しい話をしてほしいし、楽しそうな雰囲気をまとっていてほしい。

そういう意味で情熱大陸はポジティブな空気にフォーカスした作りが好きで、ときどさんも多分意識的にその空気を出してるんじゃないかと想像しています。

獣道で負けた直後のときどさんは思い出すだけで眩むぐらいエモーショナルだったし、練習はとんでもなくストイックだけど、それでも基本的には毎日笑いながらしゃべりながらゲームしてるんだと思うんですよ。なんならいち観客の願望としてそうであってほしい。彼らには「まぁいい感じなんじゃない?」って言える状態でいてほしい。

ということで楽しい寄りの面が前に出てくるような、プロゲーマーっていう仕事が魅力的に見えるような演出が増えるといいなと、情熱大陸と甲子園報道を見ながら思いました。