ウメハラというアンビバレントな絶対神 ―ときどの涙とリビングザゲーム―
「ゲームの中でぐらいは勝ちたかったんですけど」
3月10日の『獣道』10本先取マッチでウメハラに敗れて、ときどは涙をこらえてそう言った。
ウメハラは「ゲーム以外全部(ときどが)勝ってると思うんですけど」とはぐらかしたが、ときどが何の話をしたか、どの部分でウメハラに敵わないと感じているか、本当はわかっていたはずだ。
そんな風に思ったのはたぶん、映画『リビングザゲーム』を観た直後だったからだと思う。
撮影された瞬間にはその価値がわからなかった映像が、期せずして貴重なドキュメンタリーになった――。
『リビングザゲーム』は、そんな映画だった。
プロゲーマーのウメハラとももちを中心に追いかけた本作の撮影期間は2013年~2015年、つまりちょっと昔の話である。
では古い話かというと、そうではない。この映画の価値について考えれば、2015年末よりもむしろ2018年の今の方がタイムリーに見える。それが興味深い。
全く違う道を歩くウメハラとももち
2018年現在、ウメハラとももちの格闘ゲーム界における立ち位置はほぼ対極と言える。
レッドブル、サイバーエージェントグループのバックアップを受け、業界の旗艦として存在感を増すウメハラ。
カプコンプロツアー100位以内の日本人でただ1人プロゲーマーライセンスを受け取らず、自分で会社とチームを立ち上げて独立独歩を貫くももち。
その分岐点がどこにあったかと考えたときに、『リビングザゲーム』は2人の道が別れるきっかけの、少なくとも一部分を捉えている。
映画からは、格闘ゲーム界のど真ん中にいるウメハラを超えたいけれど、成績で上回っても超えられないならどうすればいいんだよ、と途方に暮れるももちの心情がひしひしと伝わってくる。
そしてウメハラが、自分の立場の特別さを自覚して、格闘ゲーム界のために自分の役割を果たそうとしていることも。
超える方法が見当たらない壁
ウメハラに対して敬意と疎ましさが同居するアンビバレントな感情を、ももちは隠さない。
努力して、結果を出して、それでも全然追い付ける気がしない。最初から勝負はついているんじゃないか……そんな諦めに抗うももちを、つい応援したくなる。
このももちの感情は、2018年時点から見るとよりリアルだ。
大会での成績を考えれば、ここ数年で最も高いパフォーマンスを出してきた日本人はウメハラではない。EVO2017で優勝したときどを筆頭に、何人かの選手の名前があがる。
しかし現在、格闘ゲーム界のど真ん中は文句なしにウメハラの定位置だ。揺らぐどころか一極集中は加速している。
ときどが「ゲームの中ぐらい勝ちたかった」というのは、まさにこの話に他ならない。
ウメハラの特別さは理屈じゃない
でもこの映画が、というよりもウメハラが特別なのは、彼が現時点で世界一の位置にいる選手じゃないと知ったうえで、それでも他の誰よりもウメハラのプレーを見たい人が大勢いることだ。
それが彼が積み重ねてきた歴史なのか、あの独特の語り口なのか、もしかしたら外見も影響しているのか、理由ははっきりしないけれど、「ウメハラは特別」だと感じている人が大勢いることは否定しようがない。
私も実は、ウメハラのリュウを見ると条件反射で涙が出る、という持病がある。
しかも今でも、10本先取というごまかしが利かないルールでときどに勝ってみせる。ウメハラの勝負強さは「持っている」なんて表現ではとても足りない。
(直近でその勝負強さを見せつけたInfiltrationとの10本先取とその本人解説動画ウメハラ (Daigo) Infiltration 豪鬼戦解説&感想戦 『勝負論 ウメハラの流儀』 Oct 31, 2013 - YouTube は本当に何回見たかわからないぐらい見ている)
英雄を必要とする時代
「英雄がいない時代は不幸だが、英雄を必要とする時代はもっと不幸だ」
このベルトルト・ブレヒトの名言になぞらえるならば、英雄=ウメハラを必要とする今の格闘ゲーム業界は幸福ではない、と言えるのかもしれない。
ただ英雄がいなくなれば多くの人が困るのは自明で、どうせ英雄が必要ならその役目がウメハラでよかった、というのも概ね一致するところなのだと思う。
だとすればできることは、英雄が健在なうちに次の英雄を探すか、英雄なしでやっていける状態を模索するかしかない。平凡な結論だが、たぶんそれしかない。
そして幸いなことに、ウメハラはその必要性に自覚的で、行動を変化させてもいる。BeasTVも、ゲーマーライセンス座談会も、数年前の彼ならやらなかったんじゃないだろうか。
最後に映画の話に戻ると、『リビングザゲーム』は観終わった後に、登場人物全員に対して好感度がアップする映画だと思う。ウメハラも、ももちも、ジャスティンも、ゲーマービーも、他の人たちも。
それだけで十分にチケット代ぐらいの価値はあると思うし、それに数年前、彼らがどんな風にしゃべっていてどんな風に行動していたかは、今の時点から見た方が一層おもしろい。
ウメハラが賞金について何を話していたか、ももちが自分の道をどう見定めたか。
数年で人は大きくは変わらないけど、それでもやっぱり彼らの喋り方は今とは少しずつ違う。それを観るのもなんだか感慨深かった。
ときどさんの無念が心に残りすぎて、勢いで書いたら登場人物が呼びつけになってしまったことをあらかじめ謝っておきます。文中敬称略、です。
試合の動画と映画の公式サイトだけおいときますね。