葱と鴨。

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獣道4のときどvs.カワノで「負けないでほしい」と「勝ってほしい」は似ているようで結構ちがうと気づいた話

獣道4のときどvs.カワノ戦を見た。2人は私にとっていわゆる”推し”なのだけど、同じ推しでも「負けないでほしい人」と「勝ってほしい人」って結構ちがうなと感じたので、その話をしてみたい。

 

私がときどさんを気にしはじめたのはスパ4の頃で、AEが家庭用にまだ来ていなかったので2010年か2011年あたりだと思う。自分が豪鬼を使うようになって参考動画を探していて、ニコニコ動画で前投げや大足からのセットプレーをドヤ顔で披露するときどさんを見つけた記憶がうっすらある。

当時のストリートファイター界は今とは比べ物にならないくらいゲームセンターの…つまりヤンキー的な雰囲気が強かった。その中でときどさんは笑っちゃうくらい威圧感ゼロで、その雰囲気にすぐに好感を持った。

それから10年以上、ストリートファイターの大会を見る時は大体ときどさんに肩入れしてきた。2013年のトパンガリーグも、2017年のEVO優勝も、2018年の獣道も。

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Punk戦やウメハラ戦までは「勝っちゃえ」という攻めの気持ちで見ていた。それが最近はいつの間にか「負けるところを見たくない」という守りの気持ちが増えていった。

活動歴が長いアイドルやミュージシャンのファンには「派手に売れなくても、●●くんが元気で幸せそうならそれで十分」勢が結構いる。気づけば自分も、ときどさんの「それで十分」勢になっていたのだ。

ときどさんはこの10年であらゆるものを勝ち取っていて、今の立場はどう見ても挑戦者というより王者側だ。それも、さらに多くのものを勝ち取ってほしいという希望より負けることへの心配の比重を増やした遠因だろう。

ちょっとおもしろいのは、自分の気持ちの変化にこれまで気がついていなかったことである。たぶんそれに気がついたのは獣道の対戦相手がカワノさんだったからだと思う。

 

カワノさんはここ1~2年、私にとってもっとも「勝ってほしい」プレイヤーだった。

強い印象を持ったのは「波動拳対策を死ぬほど考えた話」(思えばこれもときどさん絡みだ)で、追いはじめるとプレイもしゃべりも魅力的だし、大会でも「ここで勝つと大きいぞ」という場所できっちり勝ちきるスターのムーブ。

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2020年には若手プレイヤーの中で頭ひとつ抜け出し、2021年はトパチャンとEVOAsiaEastを優勝して日本一の場所まで駆け上がった。そのサクセスストーリーをリアルタイムで追うのはとても楽しかった。

 

だから獣道で2人の対戦が発表された瞬間は「どっち側で見るか決められない」と思った。でもそう思ったのは一瞬で、「やっぱりときどさんに負けてほしくないな」という気持ちがすぐに上回った。ときどさんは負けて失うものが大きすぎたし、PVの強気発言さえフリに見えてきて「負けた場合の地獄絵図」を想像してしまい、それを避けて欲しい気持ちがどんどん湧いてきた。

「勝ってほしい、手に入れてほしい」という前向きなパワーは、「負けてほしくない、失ってほしくない」という後ろ向きなパワーには及ばなかった。少なくとも今回は。

 

カワノさんのことを結構好きなつもりだっただけに、その結論があまりにすぐ出たことに自分でも驚いた。これがプロスペクト理論か(人は利益よりも損失を大きく感じる、というアレ)みたいな。

もっとシンプルに言って、これが積み重ねた時間の重みなんだろう。人は肩入れする相手をそんなに簡単に乗り換えられない。

 

ただ面白かったのは、獣道4での2人の対決を見ている自分が、最初はシンプルにときどさんの勝利を願っていたのに終盤には「カワノさんにも負けてほしくないな」と思い始めたことだ。この試合でときどさんを倒してほしいとまでは思わなかったものの、カワノさんが負けるところも見たくないな、といつのまにか思っていたのだ。

ファンというのはなんて身勝手にプレイヤーたちを後押ししたり保護したりしてる気分になっているんだろうと、自分の心情に気づいてちょっと笑ってしまった。

 

そもそも、彼らは競技者である。

ミュージシャンなら「売れなくても幸せそうに自分の音楽を作る」ことができるかもしれないけど、彼らは常に負けるリスクを背負って勝負の場に立ち続けることでしか生きられない人たちだ。その彼らに「負けてほしくない」と思うこと自体がそもそも変なんだろうとも思う。頭では。

 

それでも自分が無意識に「負けてほしくない」と「勝ってほしい」を使い分けていたのは事実で、誰かのファンを長く続けている人はこれをやってたのかと、実感を持ってはじめて理解することができた。そういう意味で、個人的にはとても興味深い獣道だった。