葱と鴨。

文化系、ゲーム、映画、ジェンダー。https://twitter.com/cho_tsugai

「EVE Online」で文化系の顔をした革命家に会った話

今年のはじめから「EVE Online」を細々と遊んでいる。

広い宇宙を自分で隅々までカスタムした船で飛び回り、10人で通り魔したり100人で海賊したり1000人で大戦争したりするMMORPGで、「戦争の損害額が4000万円に達してギネス更新」みたいなニュースになるのも大体このゲームだ。

2020年末に日本語化されて日本人プレーヤーが一気に流入し、私もその1人だった。

 

しかし「EVE Online」はその壮大さと同じくらい、“初心者殺し”で有名なゲームでもある。公式のデータによれば初ログインから1週間後の生存率が10%、3カ月後の生存率はたったの2%。実際問題UIはお世辞にもフレンドリーとは言えず、チュートリアルをクリアするためだけにwikiを熟読する必要があった。

私はというとソロで2週間ほど悪戦苦闘したあと、とある日本人コーポ(クランやギルド的なもの)に入れてもらってもうすぐ3カ月になる。2003年のサービス開始から18年続くゲームの中ではくるぶしも濡れていない程度の浅瀬プレーヤーだが、ログインしているだけですでに上位2%の適性は証明したことになるらしい。

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EVE Onlineのプレー画面(Steam公式より)


どうにか宇宙生活にも慣れてきた頃、私のコーポに1人のプレーヤーが入ってきた。私はその人のことを以前から知っていた。どこへ連れていかれるのかわからないハイエースのようなかっこいい文章を書く小説家・エッセイストで、過去に「EVE Online」をプレーしていたことも認識していた。

ただ迂闊にも、EVE宇宙の超有名人であることは知らなかった。聞けば18年の歴史の中でも1、2を争う有名な日本人プレーヤーで、数で劣る日本人を束ねて宇宙の一角を占拠し、世界中の強豪コーポを向こうに回して大戦争を繰り広げたという。「EVE Online」への帰還は数年ぶりだが、その伝説は今なお語り継がれている。

……のだけど、私の知っている文筆家の彼と、銀河系に覇を唱えて戦いに明け暮れた野心的な先導者のイメージはまったく重ならなかった。小説家としてインタビューに応える彼はどう見ても文化系で、古本のフリマにでも行けば溶けて見つけられなくなりそうな雰囲気を漂わせている。そして彼がコーポのDiscordに書き込んだ第一声は「愛」。全然1人の人間として像を結ばない。若干の胡散臭ささえ感じた。

しかしこの疑念は数日後に解決することになった。彼は確かに、文化系の顔をした革命家だった。

 

彼がある日の昼過ぎに「適当な船を撃ち落としにでかけよう」と声をかけると、平日にもかかわらず夜には50人のプレーヤーが集まった。私も“伝説”を体験するために彼の艦隊に参加した。

そして彼がDiscordのボイスチャットに入ってきて言葉を発した瞬間、私の中で大人しそうな文筆家とEVE宇宙に名前を残す革命家が一発で重なった。たった一言で、声の主がカリスマの類であることを脳が完全に承認したのだ。

大げさでなく「チェ・ゲバラ毛沢東本願寺顕如やジョーダン・ベルフォートやフランク・アバグネイルも、こんな風に人を先導/煽動したのかもしれない」という連想さえした。それほど人を動かす力に満ちた声だった。革命家や宗教家や起業家や詐欺師として一流になる条件の1つは確実に声だ。そして一流であればあるほど、革命家と詐欺師の境目は曖昧になっていく。

 

ここで少しだけ遠回りをすると、「EVE Online」の特徴はとにかく対人戦が大規模&破滅的なことで、破滅的というのはつまり「撃ち落とされた船が消滅する」ということだ。ゲーム中最大の船であるTitanのお値段は日本円に換算して20万円ほどになる。ゲーム歴3カ月の私でさえ、持っている一番高い船を現金でもう1隻買おうとすれば7000円はくだらない。その船が、落ちたらきれいさっぱり消滅するのだ。(もちろんゲーム内で通貨を稼いで買うことも可能でほとんどの人はそうしている。無理やり現金を突っ込んで買うとこの額になる)

聞くところによるとウマ娘のガチャは1キャラを強化する天井が6万円らしいので、「EVE Online」で戦場にTitanを持ち出すのは、負けたら完凸キャラが3体消滅するチーム競技場に挑戦するのと同じリスクということになる。正気の沙汰ではない。そんなデスマッチには誰も参加しない。

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私が持っている中で一番大きい船「ビンディケーター」


しかし「EVE Online」の世界ではそんな“割に合わない戦闘”が日常的に起きて、高額船がボコボコ落ちている。今日もコーポのDiscordには、宇宙の誰かが失った5万円以上する船の撃墜レポートが貼られていた。

では、なぜプレーヤーたちは虎の子の1隻を駆って戦場へ向かうのか。その理由として「人の心を掴むのが悪魔的にうまい誰かの存在」は外せない要素だと思う。「ワルい奴にのせられた」と言い換えてもそれほど遠くない。

実際問題として敗色濃厚な戦場にプレーヤーが踏みとどまる理由なんて、人間的な引力ぐらいしか存在しないのだ。損得を超えて「この人と一緒に戦いたい」「この人に褒められたい」と人に思い込ませられる誰かがいなければ、どうしてゲームの中でまで逆風に立ち向かう必要があるだろうか。

 

そして件の彼の喋りには、人をそう思わせる力が満ちていた。少なくとも私はそう感じた。その引力を言語で説明できるとは思わないので、気になった人はネットの海に落ちている彼の動画を探してみてほしい。上にでてきたいくつかのキーワードを組み合わせて検索すればすぐに名前にも声にもたどり着けると思う。

 

 

――みたいな話を書きかけて放置していたら、まさかの本人が電ファミで顛末を書いていたので全部ひっくり返りました。しかも「EVE Online」公式とのタイアップだったとは。ということでそっちを見てくれたらそれで大体いいです。

 

彼の動画も記事中で貼ってあるのと同じものを貼っておきます。専門用語しか言ってなくて全く意味は伝わらないだろうけど、フラットに少しだけ上機嫌を足したテンションと妙に耳に入る低い声で指示を出し続ける司令官がただ者じゃないことくらいは伝わると思います。

 

まぁ本人にしてみればこんな風によってたかって伝説だカリスマだと持ち上げられるのは息苦しいのかもしれないけれど、過去に大きなことを成し遂げた人間が気まぐれで現れた場所に居合わせた新人として、自分が遭遇した経験とそれがおもしろかったことぐらいは書き残してもばちはあたらないと思うので置いておきます。

 

せっかくなので公式のPVも。

 

ということで興味を持ったゲーマーの方々、「EVE Online」へようこそ。

https://www.eveonline.com/ja/signup?invc=6ff08bad-80d3-41c9-8bb1-06895e907d12

(このリンクから始めると、あなたと私の両方にいいことがあります)